過去と未来に揺れる今日。

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最近、過去と未来に揺れている今日を過ごしている感じ。

ちょっと気持ちがふわふわあちこちに漂っているような。

気持ちが前向きの時は、

「わからない未来や、過ぎ去った過去に囚われることは無意味だ」

「大切なのは“今この瞬間”を生きること」

そう自分を鼓舞して進んで行くことができているつもりなのですが、

突発的な何事かが起こると、やはり自分の弱さが露呈してくるものです。

あんなに血気盛んだった思いが、いつの間にやら元気のないお花みたいにうなだれかけてみたり。

たぶん、こんな思いを抱くのは私だけではない…

そう考えられるようになっただけでも、少しは成長しているのかな、とは思うのですが。 

La dolce vita「人生を楽しむ豊かな暮らし 」の第5話はどんな日常を書こうかな、とお題が散らばっている頭の中でしたが、今回はあえて心の中にあるモヤモヤ感をここに綴ることで、自分の気持ちを少し整理してみたいと思っています。

モヤモヤした種まきも、決して無駄ではないはず。

時間はかかっても、将来このモヤモヤ種も自分らしい花を咲かせてくれることでしょう。

と、信じて。

少しだけ、秋の足音。
目次

過去を懐かしみながらも寂しく思うこと。

歳を重ねてくると、いつの頃からか、例えば昔の映像や写真を見たりすると悲しい気持ちになるようになってきたんです。

「懐かしいなぁ」と昔の思い出に浸りながらも、「もうこの頃には戻れない」と、寂しさを覚えているんだろうと自分でもはっきりわかっています。

久しぶりに誰かと会ったときにも、時間の流れを感じます。 

その時間だけ自分も歳を重ねたのだと認識するわけです。

自分だけは、なんだか根拠もなくいつまでも若いと思っていても(笑)

その反面、「一緒にこの時代を生きてきたんだなぁ」と仲間意識みたいなほっこりした感情が湧いてくるのも確かです。

今回、ちょっと心が弱くなってしまったきっかけは、先月発生した熊本地震だったと思います。 

10年前の熊本地震の時は、大好きな阿蘇の風景が崩壊してしまったことに大きな喪失感があったのですが、今回の令和8年熊本地震では、とうに亡くなっている人も含め縁遠くなった、これから会うことはおそらくないだろうと思う親戚家族のことを思い出していました。

子どもの頃に見ていた風景…整備されて町の風景はとうに変わってしまっていたけど、海だけは昔から変わらない風景。

テレビで、親戚の家があった町での被災された方への取材風景を観たときから、楽しかった思い出が蘇ってきてなんとも寂しい気持ちが湧いてきたのです。

こんな感情を抱くことはきっと私だけではない、とは頭ではわかっている。

そして、それを考えることは無意味だとも思っている。

さて、この感情をどう受け止めていけばいいのでしょうか…

未来を憂うことは、誰もが同じとわかっていても…

「思考は現実になる」

という言葉がありますが、私もそう考えています。

だから、いたずらに未来を怖がらないこと。

「どうにかなる、実際どうにかなってきたから今日まで生きてこられたのだから」

とも自分に言い聞かせてもいます。

しかし、この心の持ちようも、気付くとふにゃ〜と曲がっていることも多いんです。

人生、夢や希望だけ持って生きていければいいのだけれど、たくさんの不安やうまくいかないこともあるのが現実。

「未来のためにとがんばっていても、一瞬で無くすこともある」

「物にこだわっていても結局はいつかは捨てる」

「自分はこれから先、どうなっていくんだろう」

「そもそも明日生きてる保障なんてない」

特に災害を目の当たりにすると、そういうネガティブ寄りな気持ちがあれこれと頭をよぎってきます。

かと言って、じゃあ一体、わからない未来に対して、どこまで備えていればいいのか?どう考えたらいいのか?

実際のところ、私にはわかりません。

結局、答えはなんなのでしょうか?

今日一日に感謝して生きる。

「“答え”はない」、が答えなんだろうな、と思います。

答えを探しながら生きることが人生なのかもしれません。

すごく難しいですよね。

備えは必要、でも備えることばかりに懸命になっていては人生は楽しめません。

毎日の生活の中で当たり前だと思っていることが当たり前ではなかったとわかったとき、自分がいかに幸せに暮らせていたかに気付くことは大いにあると思います。
しかし、残念ながら、それを無くしてしまったときに初めて気付くことが多いのではないでしょうか。

そんなことを考えていると、結局私が戻ってくるのは「悩んでたってどうしようもない」という結論なのです。
だって、未来なんてわからないんだもの。

いつまでたっても堂々巡りなんですよね。

今この時を平穏に暮らしていけていることに感謝すること。

やっぱりそれが一番かな。

口にしているものは、自然の恵みがあって、命があって、たくさんの人の手があって届いているものです。

自分の身の回りにある便利なものも、地球の恵みや人間の英知が無かったら、今この手にはありません。

謙虚に感謝する気持ちはすごく大切なことだと思うのです。

今のこの一瞬を積み重ねていく。

「自由に生きたい」という気持ちを持って、このLa dolce vita連載も始めた私ですが、それも私にとっての「自由」。

第5話は「人生を楽しむ豊かな暮らし」とは少し違った角度から、今の自分の心の内を綴ってみました。 

自分に問いながら、そして言い聞かせる文章であり、読んでいただいた方と共に考えてみたいと思うことでもあります。

過去に囚われ、未来を憂うこと。
きっと誰もが心の中に秘めている様々な思いがあると思います。

しかし、大切なことは

「今のこの一瞬を積み重ねていくこと」

私たちは気付かないうちにも、一日一日、何かしら未来への種をまいているのです。 

穏やかな日も荒れて揺れまくっている日も、ちゃんと種まきは出来ていて、未来への開花に繋がっていくと自分を信じてみよう。

どこにたどり着くかはわからないけど、わからないからこその希望もあると思います。

その場所をあえて楽しみにして暮らしていきたいものです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました🌿

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